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11年前の昨日 ~元夫のお話~

私のこと

こんにちは、優です!



突然ですけど、、、


11年前の2月22日、私入籍したんですよね、元夫と。
当時は23歳で、大学を卒業して1年足らず。


学生時代の甘酸っぱい恋愛以降初めての彼で、それはもうゾッコンでした。
彼以外に自分を愛してくれる人はいないと思ったし
彼の思い通りにしてあげること、彼の幸せが自分の幸せだと思っていたし
彼を助けたり成長させたりするのも自分の役目だと思っていたし
自営業に嫁いだ身として、まだ恵まれてる方だと思おうとしていたし
全てにおいて我慢・犠牲・依存のオンパレードだったように思う!



自己肯定感の欠片もなかった。苦笑
本当に、すべてにおいて自信がなかったんです。
THE 他人軸ってやつですね。



結婚前に感じていた不安や不協和音はすべて結婚後に悪化して、
昭和の頑固おやじにグレた思春期のヤンキーを足したような義父と
すごくいい人なんだけど、夫&息子第一で流されやすく優しすぎる義母と
自分が正しくて自分中心に世界が回っている姫気質な義母妹と
わがままでマイペースな末っ子甘え上手サボり上手な義弟に頭を抱える毎日。

そしてこれら要素を受け継ぎつつ、こだわりが強くて自分の世界をもっていて
ゲーム依存、ギャンブル好き、ナルシストだけど隠れコンプレックスのある夫。
(良いところもたくさんあったんですけどね!私が好きになった男だし!笑)


元夫は私が望むようには助けてくれず、私も頑張ってしまうもんだから
きっと切羽詰まっているようになんか見えなかったんだろう。

でも彼は彼なりに私のことを愛していてくれたのは今となってはわかるし
おそらく彼なりにやれることはやったのだろう。


はて。とても他人行儀な書き方。そしてなぜかあまり言葉が出てこない。

今気づいたけど無意識にあまり思い出さないようにしていたみたい(@_@)
こうやって書いたり誰かに言うこともほぼなかったと思う。




限界が近づいたのは、たぶんゲーム依存が酷くなりだして、
義父の横暴もひどくなって、1日15時間とか休みなしで働いて…

当時は若かったから出来ちゃった。
同じだけ働いている義母の助けにもなりたかったし。
でも何が一番辛かったかって、元夫からのサポートや理解、
そして心のつながりを感じられなかったこと。


義家族と分かり合えないのは百歩譲って良い。
でも彼と話し合って分かり合ったり、助け合ったり支え合ったりしたかった。
遠方に嫁いで頑張ってる私の気持ちを聞いて欲しかった。


そんなこんなで限界を感じて、一度離婚を切り出した。

ま、そのあと私の弱さがドバーーーーーーー!っと出て
最悪な形で結婚生活が幕を下ろすんですが(滝汗)


そのお話はまた今度。


英語・海外生活的なブログがいきなりこういう過去や心理学の系統になっているのは
最近始まったお弟子制度の影響です(´・ω・)


脈絡ないよね!
でもランダムに色々書いていきます。

ではまた!



コメント

  1. d.25.yuri より:

    なんか…ポロポロ涙が出てきたー!なんだろ…なんか…こうやって面に話してくれる嬉しさ?いや…当時の辛さ…よくわからないけど、嬉しいような悲しいような…自分と重なる部分?いや…よくわからないど、なんだかちょっと嬉しい!

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